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村上春樹 編訳『月曜日は最悪だとみんなは言うけれど』読了

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図書館で借りた『月曜日は最悪だとみんなはいうけれど』を読み終えた。アメリカの作家、レイモンド・カーヴァー、ティム・オブライエン、ジョン・アーヴィング、トム・ジョーンズ、デニス・ジョンソンにまつわる雑誌記事の翻訳のいくつかが一冊になった本。この人たちの名前は村上春樹のエッセイの中で出てきていたので知っているという程度で、本を読んだことはない。そもそもアメリカ文学を読みたいという欲求はあまりなくて、興味があるのは村上春樹がアメリカ文学をどう楽しんでいるのかな、ということなんだと思う。

表題はトム・ジョーンズの短編に引用されていたブルースの歌詞
「月曜日は最悪だとみんなは言うけれど、火曜日だって負けずにひどい」から引いているらしい。こういうちょっと皮肉なのかユーモアなんだか線引きがあいまいなものごとの楽しみかた、バランスのとり方や付き合い方が面白くていいなといつも思う。

川上弘美『七夜物語』読了

図書館で借りた『七夜物語』上下巻を読み終えた。表題の読みは”nanayo monogatari”。上巻449ページ、下巻505ページの長編。新聞連載されていたものらしい。ボリュームのわりに早く読み終わってしまったのは、とても読みやすくかかれた本だったからだと思う。

読み始めてすぐ、主人公が小学4年生の女の子だということ、ルビがふられている漢字が多いことで、これは児童文学なんだろうなと想像した。表紙に描かれているのが小学生らしい男女と、彼らより背丈が大きくてエプロンをしたネズミってあたりでそのことに気付いてもよさそうなものだけれど。表紙もろくに見ず、図書館の棚で読んだことのない川上弘美を見つけて即借りたのだった。中身のことは全く考えず。作家で買い、作家で読む自分を再確認。

中年にさしかかる女性の恋物語、というのが川上弘美作品に対する僕のだいたいなイメージで、考えてはいないけれど今回もなんとなくそんなのを期待していた。その点では期待外れではあるのだけど、こんな正統派っぽい児童文学をしっかり書くのだな、という新しい発見があった。小学四年生の心の成長、世界に対する向き合い方の変化が丁寧に書かれてる。おとなもこの延長にいるといいのにねと思いつつすんなり読み終えられた。

正統派児童文学、という印象を強く受けつつ読みながら、たまに考えていたのは、この本を丁度いま小学4年生の僕の息子が読むのかな、ということ。今のあのひとは読まないんだろうな。たとえ字を追うことができたとしても、頭には入らないかもしれない。

自分が小学4年生の時はどうだったかと思い返すと、やはり難しいかな。5年生くらいからソノラマ文庫を買っていたから、5年生ならなんとか読めたかもしれない。ただ、上下1,000ページ弱の本、それもこってりとした正統派児童文学は結構つらいだろうなとも想像する。文学には興味がなかった。テレビアニメの小説を読みたくてソノラマ文庫を買っていただけだった。

自分のこどもにこの本を読めとすすめるか?読みたかったら読んだら、というくらい。じゃ、読みたくなる要素があるかというと、
彼には無いのかな。もっとも、川上弘美が書いたのでなければ僕も読んでいないと思う。この程度のきっかけなんだけど、きっかけが無いと何事も手は出ない。彼は彼なりのきっかけと動機で、自分の好きな本を読めばよくて。そもそもマンガ以外の本を読むようになるのかな。ずっとiPodで動画ばかり見ている彼が。

『PechaKucha 20×20 Nagoya』に行ってきた

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先週の金曜の夜、友人に誘われて『PechaKucha 20×20 Nagoya』というイベントを見学に行った。

http://www.pechakucha.org/cities/nagoya

各プレゼンタのお仕事やプロジェクト、ワークショップなんかについてのプレゼンを聞きつつお酒も楽しむ、というようなイベント。今回の開催場所が名工大内にあるCafeSara、職場から近所だったこともあってどんなもんかなという気持ちで。それなりにしっかりプレゼンを聞くことができて、名古屋でもこんなイベントやってるんだなとビール片手にいいもんだなと思った。イベント自体も知らなかったし、プレゼンで知った取り組みやワークショップなんかも多彩で、知ろうと思えばいろんな人がいるもんだなと。

21時過ぎにイベントが終わった後は誘ってくれた友人たちと鶴舞駅、串太郎でさらに呑み。イベント会場はフードがあまりないのでおなかが空いていた。ほどなくしてイベントの主催者兼司会者が席に合流。誘ってくれた友人が主催者と知り合いということで。この司会者の、やる気あるんだかないんだか謎な司会もよかった。今にして思えば飲みの席でイベントの苦労話を聞くこともできたはずだけれど、飲んで騒ぎつつ、その場限りの笑い話しかしなかったような。んで、終電で帰宅。お疲れ様。

よしもとばなな『Q 人生って?』読了

図書館で借りた『Q 人生って?』を読み終えた。
ネット上でやりとりした問答をまとめた本。答えに意外さを感じることはなく、問答を通じて見えてくるよしもとばななの考え方や価値観が、たくさんの著作にストレートに反映しているなと思えた。

あと、笑いはあんまりない。と書いて、僕はこの本を村上春樹の問答集の本と比べているんだなとわかった。ネット上のQ&Aという書き方をすれば同じなりたちの本だけれど、印象はずいぶん違う。あっちはいつか買って手もとにおいておきたいなと思う。面白いから。

ちきりん『世界を歩いて考えよう!』読了

母親が図書館で借りた『社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう!』を借りてきて読み終えた。自分のアタマで考える式の著者が、多様な考え方を持つ世界の国々をまわって観察してくるとこういうアウトプットになるんだなと単純に思える。著者の考え方フィルタを通した世界が観える。でもきっとこの人の言いたいことは、この人の世界観をそのまま受け取れということではなくて、自分で世界を見て考えろということなんだろう。たぶん。

最後の章に出てくる旅のコツ、クレームを伝えるときに「笑顔で、ハッキリと、リクエストする」という手法が、その場の対処としていいなと思った。クレームがあるときにはたいてい自分も気分を害しているので、つい怒りがちになる。で、怒ると相手は気分悪くなるって当然のことで。相手にさっさと対処して欲しいなら、気持ちよくやってもらったほうが結果がよくなるのは当然だろうなと。このこと、この本では考え方の根底が異なる海外での振る舞いのことを書いているのだけれど、日常生活、たとえば仕事上なんかでも同じような考え方はできる。

ただ、難しいなと感じるのは、クレームを伝える相手の成長を期待している場合。会社で後輩に注意するとか、特に難しいのは家庭でこどもにクレームを伝えるとき。つい怒り調子で命じてしまうことがある。根底にはこどもの成長を願ってという考えがあるのだけれど、怒ってて伝わるのかはよくわからない。でも怒らないといつまでも甘えが出るような気がしてしまうので、つい強い口調になる。怒らず叱れと言うけれど、難しい。怒っている自分を自覚できるとよいのだけれど、エルメス事後式というか、気がついたときには死んでいるということが多い。

いきつくところはセルフコントロールと、日頃からの相手と自分の関係性の構築なのかな。相手のなかに自分に対する信頼残高が多ければ、相手はこちらの言うことを聞いてくれる、と『7つの習慣』にも書いてある。叱ることができるだけの貯金残高を日頃から築いておかないと、ここぞというときに引き出せない。で、こども相手の場合がまたややこしい。そもそも食べさせてやっている、生活させてやっているという目線から入ると、残高がそれなりに積みあがっているような錯覚をおこしてしまう。それはたぶん錯覚ということでいいと思う。親側の勝手な思い込みなんじゃないかと疑うことをしないと、気がついたら預金は借金に変わっているかもしれない怖さがある。

相手に期待をしているから口調が強くなる、逆に期待していないから笑顔でクレームを伝えられる、そんな関係性なんか間違っているように思える。相手に期待をしている、していないも考えればいいけれど、最終的には自分がどう振舞いたいのか、たまには怒ることもあるのがOKなのか、いつも朗らかでいたいのか。僕はなるべく怒りたくない、笑っていたいので、期待する相手にも怒らず笑ってクレームを伝えられる努力をするんだろうなと思う。などと本とはあまり関係ない話をメモして終わり。

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